大学院先進理工系科学研究科 河野 佑 准教授
非線形ダイナミクスのために仕立てた制御工学で 世の中の複雑な事象を設計可能にする

事業名 | 創発的研究支援事業(JST) |
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採択年度 | 2022年度 |
時間によって変化する現象、ダイナミクスを数式で記述
私は今、いろんな分野に応用できる可能性のある「非線形ダイナミクスの制御」に取り組んでいます。「制御」には物事をコントロールするという意味があります。制御工学の概念は産業革命の時代に「機械の自動化」が必要となり、数学を用いてその仕組みを作る試みの中で生まれました。現在、自動車やロボット、家電製品、インターネットの通信など、身の回りのあらゆる産業に制御工学は活用されています。また近年、制御工学は産業だけでなく、化学、生物学、経済学などにも応用されるようにもなりました。「時間の経過にともなって変化する現象」のことを「ダイナミクス」と呼びますが、制御工学は、あらゆる領域のダイナミクスの変化を微分方程式などの数式を用いて表し、それらを操ることをめざす学問であると言えます。
従来の一般的な制御工学が、二次元のグラフで表すと「直線」となるような「線形のダイナミクス」について考察するのに対し、私が取り組むのは「非線形のダイナミクス」に関する制御工学です。非線形の変化は線形に比べてとても複雑な変化を示し、「過去の事象が、現在と未来の事象に与える影響が非自明」なことに大きな特徴があります。
自然界における非線形の現象としては、生物の細胞が遺伝子によって生成される現象や、脳細胞のニューロンのネットワークが同期する運動などが例としてあげられます。またこれからの自動運転社会においてネットワーク化された自動車群の動きなども、非線形のダイナミクスと言えるでしょう。
線形バネと非線形バネを用いた場合におけるバネ質点系のダイナミクス
そうした大規模な非線形ネットワークを制御するためには、線形の制御工学よりもはるかに複雑な数学が必要となります。計算量自体も爆発的に増加し、スーパーコンピュータを用いても計算に膨大な時間がかかることになります。
現実に使える数理モデルを、発電ネットワークを事例に考案
2022年度の創発的研究支援事業(JST)に採択された私の研究では、このような「非線形大規模ネットワークの多様なダイナミクス」を制御できる数理的な基盤を、「計算が可能なかたち」で考案することをめざしています。そのために、非線形システム制御の分野で近年注目を集めている「Contraction理論」や、「錐不変性(すいふへんせい)」と呼ばれるダイナミクスの性質、システム制御分野の結合解析ツールである「消散性理論」の3つを融合して研究を進めています。
研究において大切にしているのは、考案した理論が「現実に使えること」です。そのため様々な分野の研究者とともに、応用可能性について共同研究を行ってきました。これまでの研究成果の代表として、イタリア・パヴィア大学工学部と、オランダ・フローニンゲン大学理工学部の研究者たちとともに開発した、「次世代電力システムの分散発電を実現する制御アルゴリズム」が挙げられます。
従来の電力システムでは、大きな発電所が各家庭等のユーザーに向けて発電し、電力を供給する「集中発電方式」をとっています。この方式は集中的な管理が可能ですが、デメリットとして、大きな地震などが起こった際に大規模な停電が発生することがあります。それに対して最近では、太陽光発電や蓄電池、電気自動車などを活用することで、ユーザー側でも電力の発電・管理ができるようになり、そうした仕組みを利用した「スマートグリッド」の活用が世界的にも注目されています。
従来の発電方式(左図)と、スマートグリッドを活用した将来の発電方式(右図)
一方、スマートグリッドの実現には、各ユーザーがそれぞれ生み出せる電力量と、全体に必要とされる電力需要を、昼夜の時間ごとの変化に合わせて正確に予想する必要があります。発電に協力してくれるユーザーが増えるほど、発電所の負荷は減りますが、情報が膨大になり計算が追いつかないという問題が出てきます。
そこで私たちは「自分と近くのユーザーと発電量を共有するだけで、それぞれが自律分散的に発電できる制御アルゴリズム」を開発しました。電力システムが持つ「受動性」と呼ばれる性質を利用することで、すべての発電量を分散的に制御し、計算量も少なく抑制することが可能となりました。
加えて私たちが開発した制御アルゴリズムでは、中央の発電所に、各ユーザーの発電量を伝える必要がないのも大きな特徴です。例えば各家庭でいつも夜20時に電力量が増加していれば、その時間に住人がお風呂に入っているのかな、と予想できます。毎日一定の時間、電力の消費がなければ「その時間は家にいない」ことも予想がつき、防犯の観点からも問題となります。これからの制御工学は、そうした「プライバシーの問題」にも配慮したアルゴリズムを構築する必要があります。創発に採択された研究と並行して、「差分プライバシー」という概念も活用した、新しいアルゴリズムにも取り組んでいます。
電力の制御は一つの応用例であり、研究で大切なポイントは非線形ダイナミクスの制御理論によって「いろんな問題を計算可能なかたちで抽象化できること」です。私たちの研究によって、将来、さまざまな世の中の事象が予測・制御できる未来をめざし、研究を進めてまいります。