大学院人間社会科学研究科 酒井 晴香 助教
コミュニケーションの仕組みを解き明かし、超高齢社会の課題解決に寄与する
| 事業名 | 戦略的創造研究推進事業 (さきがけ) |
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| 採択年度 | 2025年度 |
言葉と身体の両面から、コミュニケーションを分析
社会言語学や相互行為論の立場から、人間のコミュニケーションについて研究しています。フィールド調査で収集したデータをもとに、発話だけでなく、視線や動きなどを含めたミクロなレベルで分析を行っています。人間のコミュニケーションは掴みどころがなく、複雑で混沌としているように見えるかもしれません。でも詳細に分析していくと、背後にある仕組みやルールが見えてくるのです。例えば、人が話し終わるときのイントネーションの下がり方を聞き手が予測し、適切なタイミングで発話を始めるなど、国や文化を超えて共通する仕組みがあるのは非常に興味深いです。
私は子どもの頃から言葉に関心があり、大学では言語学を専攻しました。その中で相互行為論の研究にふれ、言語だけでなく身体も、メッセージを発する重要な要素だと考えるようになりました。以降は、言語と身体をあわせて考えるアプローチで研究しています。社会言語学は言語学、相互行為論は社会学に属していますが、私が取り組んでいるのはそうしたさまざまな視点や方法を取り入れて進める研究です。人間のコミュニケーションの分析は、ロボットや人工知能が急速に進化する中で、情報系や工学系の研究者からも関心を集めており、現代社会においてニーズが高まっています。
フィールド調査を通じて、助けすぎない高齢者支援のあり方を探る
今回、戦略的創造研究推進業(さきがけ)に採択いただいたテーマは「高齢者をめぐる日常的支援インタラクションの解明」です。このテーマに関心を持ったきっかけは、フィールド調査で訪れた土地で、役場の職員さんが高齢の方に手を差し伸べて助けている光景を目にしたことでした。早すぎず遅すぎず、「ここぞ」のタイミングで手助けを始め、でも手を出しすぎないという支援を目にして、「自分はこんなに上手にできない。どうすればできるだろう」と考えたのです。
今回は3年6ヶ月の研究期間で、高齢者の日常的支援に関するデータを収集し、分析して発表を行います。特にデータが肝となるため、最初の1年から1年半はデータ収集にあたる予定です。具体的には、高齢者の自宅にカメラを設置し、外出時にも同行しビデオ撮影を行います。高齢者とその家族に協力を仰ぎ、それぞれ100時間ほど撮影する予定で、現在は協力者を少しずつ集めている段階です。撮影データが揃ったら、高齢者が他者と関わる場面を抽出し、支援が行われた場面と、高齢者が困難を抱えていても支援が行われなかった場面をピックアップして、細かな振る舞いを分析します。そして、支援が行われなかった場面に関しては、その場にいた人に支援しなかった理由についてのインタビューを実施します。これらの分析を通じて、どのような条件下で、どのような支援が行われるのかを明らかにしたいと考えています。

地域を回る移動販売のビデオ収集
今回の研究は、人がどうやって「人らしく」手助けをしているのかついて考えることがメインテーマです。そして、逆に「助け過ぎない」ことがもう一つのテーマでもあります。どの程度の問題であれば助けて、どの程度までだったら助けないのか。その判断が、介護ロボットなどの科学技術が今後発展していく上でも重要になるはずです。「助け過ぎない」という選択肢も含めて社会と技術の発展を考えることは、人文社会科学が担いうる重要な役割の一つだと考えています。
ちなみに先行研究は介護施設内を対象としたものが多いのですが、今後は自宅で暮らす高齢者が増えていくと考えられるため、施設ではなく自宅で生活する高齢者、専門職ではなく家族や地域の人々による支援に焦点を当てて研究したいと考えています。日本は世界で最も高齢化が進んでいる国の一つですから、日本で例のない研究は世界初の研究にもなり、有用な知見となるでしょう。研究成果は国際的にもどんどん発信していきたいです。
「できない」を出発点に、コミュニケーションの仕組みをひらく
私が興味を持っているのは、人間のコミュニケーションの可能性です。地域高齢者のコミュニケーションのほかにも、オンライン会話における雑談、スポーツコーチング、アカデミック・ライティングなど、話しことば・書きことばを問わず、これまで多岐にわたるテーマを取り扱ってきました。今後もとにかく現場に足を運び、関心を持ったテーマを掘り下げていきたいと考えています。
改めて振り返ってみると、自分自身ができないことや苦手なことだからこそ、「面白い」と感じて関心を持ち、それが研究の原動力につながってきたのかもしれません。今回の研究も、高齢者の手助けが上手くできないと感じたことがきっかけでしたし、雑談の研究も自分が雑談に苦手意識を持っていたことが研究に結びつきました。今後も、コミュニケーションの背景にある仕組みを明らかにすることで、誰かの心が救われたり、「自分はこれで良かったんだ」と思えたりするような研究に取り組みたいです。

