研究戦略部 DP・DR制度 研究者インタビュー

researcher interview

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酪農エコシステム技術開発センター 鈴木 直樹 准教授

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

 

感染症の迅速な診断技術で畜産物の安定供給と安全確保をめざす

獣医師の経験を生かし家畜の感染症の制御に取り組む

私の専門は、家畜の感染症などを扱う家畜衛生学です。その中でもとくに細菌学を基盤とし、細菌による感染症の現場での制御を研究テーマとしています。

研究者をめざすようになったきっかけは、学部生のときに与えられた研究テーマに強いやりがいと魅力を感じたからです。研究のテーマが農水省主導のプロジェクトの一環だったこともあり、自分の出した結果が実際の衛生対策に活用されるなど達成感があって楽しく、研究の道へ進むモチベーションとなりました。もっとも、それから研究一筋で来たわけではありません。大学卒業後の7年半は、獣医師として畜産動物の診療に携わりました。その期間に臨床の現場で得られた視点も多く、獣医師の経験がいまの研究に生きていることは間違いないと思っています。

乳牛の乳房炎の迅速な診断技術を開発

現場での感染症を制御するために、基礎的な細菌学や応用微生物学による研究も行っていますが、とくに私が得意とするのは現場還元性の高い臨床微生物学的なアプローチの研究です。その一つが、乳牛の乳房炎の迅速な診断技術の開発です。

乳房炎とは乳牛に多く見られる乳腺の炎症で、現場の乳牛の約2割がこの病気を患っています。乳腺に起こる炎症という点で人の乳腺炎と同じですが、人では乳腺が詰まるうっ滞性の症例が多いのに対し、牛の場合は基本的に細菌などの病原性微生物の感染が原因です。

乳房炎に罹った牛のミルクは廃棄せざるを得ず、経済的な損失は甚大です。そのため、乳房に何かしらの異常を発見した場合には迅速な対処が求められますが、問題は乳房炎を引き起こす微生物が多様であるということです。黄色ブドウ球菌や大腸菌など、原因となり得る細菌の種類が多いだけでなく、真菌や藻類など細菌以外の微生物が原因となることもあります。適切な治療・予防には乳房炎を引き起こしている微生物が何かを特定する必要がありますが、培養して検査する従来の方法では早くても一日、長い場合は一週間程度かかってしまいます。

また、細菌による感染症の治療には抗菌薬が使われるので、薬剤耐性の問題も切り離せません。抗菌薬の使用量は人よりも畜産動物のほうが多く、畜産現場には薬剤耐性菌を生み出してしまう公衆衛生上のリスクが潜在しています。そのため、根拠に基づいた適切な抗菌薬の使用は非常に重要なのです。

こうした課題を背景として、2021年から乳房炎の迅速な診断技術の開発に取り組み、その日のうちに乳房炎の原因を診断できる技術を完成させました。この技術は、ミルクの中にいる細菌を「グラム陽性菌」と「グラム陰性菌」に色分けする「グラム染色」という染色法を用い、顕微鏡で観察するというものです。ミルクをそのままスライドガラスに載せて顕微鏡で見ても、ミルク中の乳タンパク質や乳脂肪が邪魔をして観察したい細菌の像がよく見えないため、ミルク中の細菌へのグラム染色はこれまで普及していませんでした。これに対し、ミルクを遠心分離器にかけて細菌を分離したところ、高い感度で観察できるようになりました。

グラム染色は、菌の種類までは同定できませんが、グラム陽性か陰性かがわかれば治療の方針や抗菌薬の選択が可能なので、情報として十分です。また、乳房炎の原因が細菌以外の微生物の場合も、真菌や藻類は細菌に比べてサイズや形が特徴的であるため、顕微鏡の観察で判断することができます。

グラム染色により観察された細菌の鏡顕像。左はグラム陽性菌(青)、右はグラム陰性菌(赤)

さらにこの診断技術には、ユニークな特徴があります。ミルクの中には牛に由来する白血球が大量に含まれており、それが遠心分離で細菌と一緒に分離されるので、細菌と同時に牛の白血球も観察することが可能です。健康診断の血液検査結果で見たことがあるかもしれませんが、白血球には好中球やリンパ球などの種類があり、炎症が起きるとその組成が変化します。そのため白血球を観察することで、炎症の詳細な状態がわかります。つまり顕微鏡の一つの視野で細菌学的な診断と炎症の程度が把握できる一石二鳥の技術なのです。

診断技術の普及をめざしアプリも開発中

いまはこの診断技術の普及活動に取り組んでおり、日本全国だけでなく海外に赴いて技術紹介や実習をしています。それと同時にこの技術を標準化するための研究も進めています。グラム染色した細菌の画像診断には微生物学の知見が必要ですが、やや専門性の高い「目」が必要です。そこでスマホで撮影した細菌の顕微鏡画像をAIに解析させて診断を支援するアプリを、ITのスタートアップと共同で開発中です。

インドネシアで実施した実習の様子

今後も、現場ですぐに使えるより簡易な診断技術や、搾乳ロボットに組み込む感染症の自動検出器など、さまざまな開発や基礎研究を通じて食料の安定供給と安全確保に貢献したいと考えています。

(参考)https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/90206