大学院先進理工系科学研究科 平野 知之 助教
火炎を自在に操りナノサイズの微粒子からマクロなデバイスを作る

事業名 | 戦略的創造研究推進事業 (ACT-X) |
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採択年度 | 2024年度 |
火炎を使って高機能な微粒子材料を設計
私の専門は、化学工学の中の微粒子工学という分野です。微粒子というとあまり馴染みがないかもしれませんが、電池の電極やスマホのコーティングなど、微粒子は身の回りのさまざまなところに使われています。微粒子工学は日本でも歴史のある研究分野で、多くの工学分野にとって欠かせない学問の一つだといえます。
微粒子工学で扱う「小さい粒」は、サイズによって微粒子や粉、粉体といった名前がつけられていますが、私が研究対象としているのはナノメートル単位から数百ミクロン単位までの無機材料の微粒子です。粒子のサイズや形状が異なると、質量に対する表面積が違ってくることから、同じ物質であっても非常に異なる性質を表します。こうした微粒子のふるまいに着目し、サイズや形、組成などを設計して高い機能を持つ微粒子材料を合成するのが微粒子工学の一つの研究対象です。この微粒子を合成する過程に火炎を用いるのが私の研究の大きな特徴です。
ワンステップでデバイスを作る
たとえば、電池のようなデバイスを作る場合、基板の上に触媒微粒子が層状に積み重ねられている(積層)のですが、デバイスができあがるまでの過程には、原料を混ぜる、反応させて微粒子を作る、それを分離精製する、またそれを溶媒に分散させる、基板に塗って乾燥させる、などといったいくつものプロセスで成り立っています。これらのプロセス一つひとつに専門的な知見が必要であるうえ、高機能な微粒子材料でもプロセスを経ていく中で想定されていた性能が失われてしまうことが少なくありません。
こういった従来のマルチステップな方法に対し、今回、ACT-Xに採択された私のテーマ「火炎を用いた微粒子積層膜のトランススケール設計」は、火炎を使って,原料からワンステップで微粒子が積層したデバイスを作ろうというものです。
ろうそくの炎にガラスをかざすと黒くなりますが、これはガラスの表面に煤、つまり炭素粒子がつくためです。同じ原理で、火の中に原料を入れて反応させると、生成した粒子が宙を漂い、目的の基板上にくっつけることができます。色々なプロセスを使って原料を混ぜたり粒子を分散させたりしなくても、乾燥した粒子を対象物にくっつけることができるため、これを応用できれば、「原料を火の中に入れる」というワンステップで電極を作ることが可能です。研究テーマのタイトルにある「トランススケール設計」とは、ナノレベルの微粒子から電極のようなマクロなデバイスができるというスケール階層をまたいだ材料設計のことで、本テーマが採択されたACT-Xの研究領域「トランススケールな理解で切り拓く革新的マテリアル」のキーワードでもあります。
また、火の温度は約2000度に設定し、そのような高温状態の中に非常に短い時間材料を通すことで、通常ではありえないような温度差を合成材料に与えることができます。その結果生じる物質の変化を利用します。
もっとも、火なら何でもよいというわけではありません。作りたい材料やデバイスによって適切な火の種類は異なります。そこで欲しい火が得られるようにバーナーなどの装置を自作しています。自作バーナーの多種多様な火を使って材料やデバイスをコントロールできることが、私の研究の大きな強みです。

自作バーナーでさまざまな種類の火を作り出す
たとえば基板に触媒の微粒子を積層させる場合、触媒のプラチナなどの原料を可燃性の溶媒に溶かして燃やすと、火炎の高温場でいったん気体となったプラチナの原料が冷えてナノサイズの微粒子に凝縮し、基板にくっつきます。このとき、プラチナ粒子の量やサイズ、基板へのつき方などは、火炎の温度や燃焼ガスの組成、原料の濃度などのパラメータを細かく制御して設計していきます。
これまでは主に火炎を使って微粒子を作る研究をしてきましたが、ACT-X採択のテーマは微粒子を基板にくっつけるという新しい研究で、より厳密な燃焼管理が必要であるため、バーナーなどの装置作りから進めています。ACT-Xの研究期間である2年半のあいだに火炎を自由自在に制御し、実際に使える電池や電解装置を作りたいと考えています。
火炎そのものにも目を向けていきたい
現在は電極材料を研究対象としていますが、ACT-Xに集まるさまざまな分野の研究者との交流を通じ、火炎を使った合成方法はもっといろいろな対象にも使えそうだという可能性を感じています。たとえば医薬品を作るための有機合成に使われる触媒なども、燃焼をコントロールすることで触媒粒子のパラメータを自在に変えられるという強みを生かせば、より適切な性質のものが作れるかもしれません。
また、これまで火を使って微粒子の合成を行ってきましたが、今後は火そのものにも目を向けたいと考えています。微粒子合成の過程で火の中では何が起こっているのか、どのような状態なのかなど、高温である火を分析するのは容易ではありません。火についてより深く知り制御していくために、レーザーを使った火の診断技術についても研究を進めていきたいと考えています。