広島大学病院 口腔先端治療開発学 吉本 哲也 特命助教
加齢で骨がもろくなるメカニズムを解明し、 歯科医学の発展にも貢献したい

事業名 | 革新的先端研究開発支援事業 (PRIME) |
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採択年度 | 2024年度 |
骨の老化メカニズムを解明したい
年を取ると骨密度が低下して骨がもろくなってしまうことはよく知られていますが、その詳しいメカニズムはまだわかっていません。私はそういった骨の老化について細胞レベルで研究をしています。
骨の研究をしていますが、実は私は歯科医でもあります。大学の歯学部に入学した当初は、自分の将来像として“町の歯医者さん”を漠然とイメージしていました。しかし大学院に進んで研究の世界に足を踏み入れ、そのおもしろさを知ることになります。大学院では歯周病の研究に従事していましたが、その後、アメリカの顎顔面領域を専門とする研究室に留学する機会を得て、骨組織の研究と出会いました。アメリカで取り組んでいた骨の細胞の免疫機構についての研究が一段落したので新しくスタートさせたのが、骨の老化の研究です。
この研究を私が日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業に申請した理由の一つには、歯科医学の発展に貢献したいという思いがあります。いまは骨の老化研究を主体に、所属する研究室の研究テーマである骨の再生についての研究を進める一方で、週に数回は歯科医として患者さんの診療にもあたっています。どれもやりがいがあり、毎日が充実しています。
力学的な負荷と骨の老化の関係を突き止める
一般的に身体機能は加齢とともに低下し、それに伴って身体活動の量も少なくなっていきます。その結果、骨への力学的負荷も減少します。この力学的負荷の減少が骨の老化に深く関与している可能性があると考え、提案したのが、今回AMED-PRIMEに採択された研究課題「メカノバイオロジーから迫る骨細胞老化機構とその病態生理学的意義の解明」です。メカノバイオロジーとは細胞や組織にかかる力の作用に着目した学問領域です。
骨の細胞には、骨の95%以上を構成する骨細胞と、実際に骨の代謝に関わる骨芽細胞および破骨細胞があります。この中で私が注目している骨細胞は、骨の構成成分であるだけでなく、骨に加わる力学的な負荷を感知し、骨芽細胞や破骨細胞に代謝の指令を発する「司令塔」としての役割を果たしています。そこで、力学的負荷が失われると骨細胞が老化し、代謝の制御が困難になり骨量が減少するのではないかという仮説を検証するとともに、骨細胞が力学的なシグナルを生化学的なシグナルに変換して代謝をコントロールする分子メカニズムの解明をめざしています。このメカニズムがわかれば、加齢により骨への力学的な負荷が減少しても、薬剤などの開発により生化学的なシグナルを活性化させることで、骨密度低下の予防・改善につなげられるのではないかと考えています。
研究では、培養細胞やマウスを用いた実験を行っています。細胞実験は、宇宙空間のような微重力環境を再現できる装置を使い、重力による力学的負荷のかからない環境で培養した骨細胞と、通常の環境で培養した骨細胞を比較して、発現している遺伝子やタンパク質のレベルを調べるというものです。

模擬的に宇宙ステーションと同じ1/1000G環境を再現できる装置
実験の結果、力学的負荷がかからない特殊な環境で培養した骨細胞は、予想通り細胞老化を示す現象が加速していることがわかりました。また、骨細胞内で作られる種々のタンパク質の量を調べてみると、通常培養の骨細胞に比べて、細胞老化が進んでいる骨細胞では少なくなっている遺伝子やタンパク質が発見されました。これらの遺伝子やタンパク質は、力学的シグナル伝達の重要な役割を果たしている可能性があり、もしその仮説が正しければ、このタンパク質が欠損した骨細胞は力学的負荷を受けてもシグナル伝達が機能せず、急速に老化が進行することが考えられます。この仮説を検証するために、遺伝子改変技術を用いて、カギとなるタンパク質を作る遺伝子が欠損した骨細胞やマウスを作成し、さらなる実験を進めています。さらにその先にはこの遺伝子やタンパク質の実際の機能について詳しく調べ、骨細胞老化のメカニズム解明をめざしたいと考えています。
内科的、薬学的アプローチなど歯科治療の幅を広げたい
今回採択された課題では、力学的な負荷がかかりやすい足の長管骨を研究対象としています。PRIMEの研究期間で足の骨における老化のメカニズムが解明できたなら、それを基盤として、次はあごの骨の老化研究にも発展させたいと考えています。あごの骨は、毎日の咀嚼という力学的負荷を受けるため、老化や疾患が進行する過程において特有の影響を受けると考えられます。現在、歯科治療では外科的処置(削ったり詰めたりする治療)が主流であり、内科的な治療はほとんど行われていません。この現状から、骨の研究を含め歯科医学分野の生物学的な基礎研究にはまだまだ多くの可能性が残されていると考えています。歯を支えるあごの骨の老化メカニズムを解明することで、これまでにない内科的、薬学的アプローチといった新しい歯科治療につなげることが私の最終目標です。