大学院先進理工系科学研究科 河崎 陸 准教授
超分子集合体を使って複数の薬剤を同時に運び、 離れたがんにも効果のある次世代型治療を実現

事業名 | 戦略的創造研究推進事業 (ACT-X) |
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採択年度 | 2022年度 |
超分子化学を使って「運び屋」をつくり、体内の狙った場所に薬を運ぶ
私の専門は、超分子を用いたドラッグデリバリーシステム(DDS)の構築です。超分子集合体とは、複数の分子が水素結合や配位結合などの弱い相互作用によって集合したもの。分子1つずつでは発現できない優れた特性を示すため、エネルギーや医療など多くの分野で活用されています。
私は薬を体内の標的細胞まで正確に届けるための、超分子集合体からなる「運び屋」(超分子キャリア)を開発しています。超分子キャリアはカプセルのような役割をしており、内部やその表面に薬を搭載してから体内に投与されます。キャリアにはがん細胞と選択的に結合できる仕組みやpHなど疾患に応じた外部刺激に応答して薬剤を放出する仕組みを搭載することが可能であるため、内部の薬を保護しながらがん細胞まで高確率で到達、選択的に薬剤を放出させることができます。私はこれまで、がん治療や再生医療、ゲノム編集などさまざまなタンパク質医薬品を送達する超分子キャリアをつくってきました。
薬を体内の標的細胞まで正確に届ける「超分子キャリア」
似たような研究は広く実施されていますが、私の研究の特徴は、細胞の「内部」まで薬を届けるキャリアの開発をめざしている点です。タンパク質医薬品を細胞の中に入れ、タンパク質の機能により細胞の機能を制御するのは非常に難しいのですが、超分子集合体の設計における自由度の高さと柔軟性を活用すれば、必ず実現できると信じています。この研究がうまくいけば、現在は治療が難しいとされている疾患の薬剤開発も進むでしょう。
「異色」のアプローチで、離れたがんも治療できるキャリアを開発
私はDDS研究の一貫として、次世代型がん治療法のひとつ「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」で使用する超分子集合体ベースの薬剤も開発しています。BNCTは、ホウ素薬剤(ホウ素を含む化合物)をがん細胞に集積させた後に中性子線を当てて放射線を発生させ、がん細胞をピンポイントで破壊する方法です。
次世代型がん治療方法として注目される「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」
実は、BNCTを実施すれば離れた部位のがんも縮小する可能性があると言われてきました。これは「アブスコパル効果」と呼ばれ、BNCTで破壊されたがん細胞から放出されたがん抗原が近くの免疫細胞を活性化させ、この免疫細胞が全身を回って同じがん細胞を探索・攻撃した結果起こるものです。しかし、実際にはがん細胞が免疫細胞の活性化を抑制するため、アブスコパル効果を確実に引き起こすのは難しいとされています。そこで私は、超分子集合体からなるキャリアを使ってアブスコパル効果を誘導できないかと研究を始めました。今回は、この研究テーマ、「カルボラン集合体を用いたアブスコパル効果誘導と難治性がん治療応用」が戦略的創造研究推進事業(ACT-X)に採択されました。
アブスコパル効果を誘導するには、ホウ素薬剤に加えてがん細胞の免疫ブレーキ作用を抑える薬(免疫チェックポイント阻害薬、ICI)を投与すればよいとわかっていましたが、両薬剤を腫瘍組織に存在しているがん細胞と免疫細胞へとそれぞれ同時に送達するのはきわめて困難でした。そこで私が考案したのが、「ホウ素薬剤からなる超分子集合体をキャリアとする」システムです。
ホウ素薬剤として使用するのは、ホウ素を含む分子「カルボラン」の集合体です。この分子の分子間相互作用を制御することでカルボランは集合体を形成し、その条件次第で球や棒、平板などさまざまな形態を取ることができます。さらに、有機材料なので表面にがん細胞を認識する分子を付着させることもできます。このように形態や表面状態を細かく調整すれば、がん細胞に高レベルで到達するカルボラン集合体を生み出せるはずです。このカルボラン集合体の表面にICIを付着させることで、ホウ素薬剤であるカルボラン集合体とICIを同時にがん細胞まで運びます。「薬であるホウ素薬剤自身に別の薬を運ばせる」本研究のアプローチは他にはないものです。
ホウ素薬剤として使用される「カルボラン集合体」
現在、ある構造のカルボラン集合体を用いた際にうまくアブスコパル効果が誘導され、マウスの両足のがんが完全に消滅したことが確認できています。今後は、照射部位からどのくらい離れたがんにまでこの方法が効くか、誘導される免疫の活性化機構について詳細に明らかにする予定です。
人とのつながりを大事にしつつ、医療の発展に貢献したい
多くの研究者や医療関係者に使ってもらえるDDSツールの開発は、工学屋の私にとって非常にやりがいのあることです。今後はシミュレーションの研究者と協力して超分子集合体からなるキャリアが組みあがる原理を解明し、より精密なキャリアの設計につなげたいです。
また、DDS用の超分子集合体からなるキャリアを主に使用するのは、臨床現場で働く医師です。そこで私はユーザーにとって使いやすいシステムをつくるため、複数の医師に定期的にヒアリングをしています。ユーザーの声を踏まえたシステムをつくるのは大変ですが非常に面白く、研究を続けるモチベーションにもなっています。今後も「人とのつながり」を大事にしつつ、医療の発展に貢献できる研究を続けていきたいです。