研究戦略部 第一線で活躍している研究者

Introduction of leading researchers at HU

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大学院統合生命科学研究科 松尾 宗征 助教

生命の根本的な仕組みを分子で再現 自動分子機械を自らつくる分子機械の開発をめざす

松尾 宗征
事業名 戦略的創造研究推進事業 (ACT-X)
採択年度 2024年度

目標は、ユニバーサルな生命の「起源」を自らの手でつくり出すこと

私の専門は物理化学ですが、めざしているのは「化学をつかった人工生命の創製」です。私は、物心がついたころから生き物と創作活動が大好きで、中学生の頃には将来、「人工生命をつくる」ことを決心していました。これは、今でも一貫しています。そのように思ったきっかけは、中学時代に生命起源の「化学進化説」を本で知ったことでした。

化学進化説とは、小さい分子から大きな分子が、さらにはそれらの集合体ができ、それがいつしか増殖能力を獲得したことで、現在の生命が生じたとする仮説です。その本には、生命のもとになったとされる「コアセルベート液滴」という分子集合体が紹介されていましたが、「なぜ、コアセルベート液滴が増殖能力を獲得できたのか」はまったくふれられておらず、非常にやきもきしたのと同時に、「いつか自分でその秘密を解き明かそう」と決意しました。

その後、高校の生物の授業で、細胞やその内部の細胞小器官がほぼすべてリン脂質の袋でできていることを知り、「リン脂質の袋が増えて分裂できる分子システムができれば、生命をつくることができるのでは?」と考えるようになりました。するとそれを研究しているグループが東京大学にあることを『生命システムをどう理解するか』(浅島誠 著)という本で知り、後に実際にその研究室で卒業研究から研究を行うことができ、博士号を取得しました。

約40億年前に起きた「最初の生命」の創発を再現

私はこれまでの研究で「エサを自ら食べて増殖し続ける分子の集合体」や、「自励振動(自ら振動を繰り返すこと)をする分子の集合体」を、物理化学の知見と技法を用いて開発してきました。それは、「外部から物質を取り入れて増殖すること」と「外部からの力や刺激を与えられずとも、自ら変形したり動いたりすること」が生命のひとつの特性だからです。

私がつくった分子システムでは、前駆物質である「エサ」を水に入れると、つながってアミノ酸の重合体であるペプチドになります。やがてそれらは自然に集まり「液滴」と呼ばれる微小な液状の構造体を形成します。生命の起源で重要な役割を果たしたとされるコアセルベート液滴も、このような液滴です。私たちの実験で、つくり出した液滴に、刺激とともにエサを与え続けたところ、できた液滴が継続的な分裂と成長、すなわち代謝しながら増殖を繰り返すことがわかりました。

さらに、この増殖した液滴にRNAやDNAなどの核酸を与えると、それを濃縮することができ、核酸を取り込んだ液滴は外環境の変化に対して生き残りやすくなることもわかりました。生物には、外部の環境変化が起こっても、自らの体を維持しながら、自己の再生産を継続するという特性があります。それを「オートポイエーシス」と呼びますが、私たちはこの研究によって、何十億年も前に原始細胞がどのようにオートポイエーシスを獲得したのかという生命の起源の謎に、アプローチすることができたと確信しています。

無機物でできた自己複製材料で「人工生命」を生み出したい

今回採択いただいたACT-Xのテーマ「自動マイクロポンプの創発とその応用展開」では、これまでの研究をさらに発展させて、「製造業などにも応用できる実際のマテリアル」をつくり出すことを目標においています。我々は、心臓が日々「鼓動」することで、歩行のような繰り返しの運動を実現しています。心臓の鼓動のような「繰り返し」は、自律的な動作や製造には不可欠です。ACT-Xではまず、このような分子システムをつくるべく、有機液滴の自動的な振動を実現しました。この分子システムでは、液滴が化学反応で駆動物質をつくることで、液滴自身が拍動しながら動き回ります。さらに、駆動物質をシグナル物質として利用することで、液滴どうしがコミュニケーションし、自ら整列しながら運動します。この成果をまとめた論文は現在審査中です。

私たちが開発してきた、増殖や振動を繰り返す分子集合体は、現在の地球上の生物と同様、すべて有機物でできていました。しかし、熱に強く化学的安定性が有機物よりも高い「無機物」で同様のシステムをつくったほうが、産業における材料としての応用可能性が高まります。そこで、ACT-Xではさらに、化学反応で物性の変化が繰り返されるシステムにもとづく「自励振動する無機膜による自動マイクロポンプ」を創製することを提案いたしました。

2024年4月の研究開始以来、2024年末までの約8ヶ月間で、研究はすでにかなりの進展を遂げています。こちらの動画の左側に映っている、2ミリメートルほどの半球状の黒い物体が、私たちが開発している無機物からなる自動マイクロポンプです。このマイクロポンプは、自己組織化により水中で自動で組み上がります。さらに、このマイクロポンプは、自動的に吸水と射出を繰り返すことで、ポンプのように機能し、オタマジャクシ型の微小構造体を製造し続けます。本成果で、2024年に特許申請(特願2024-145899)を行い、2025年中に特許審査請求と論文投稿を行う予定です。

 

 

さらに最近、このオタマジャクシ型の微小構造体が自己泳動する条件も見出しました。私たちが開発したこの新技術によって、「自己駆動材料を自分で製造する自己駆動材料」を世界に先駆けて実現したいと考えています。この地球に生まれた生命は、38億年の昔から環境のなかを自ら動き、外部から栄養を取り入れ、自分の複製物を産生するという循環を途切れることなく繰り返してきました。「自ら繰り返し動き、つくる」ことが、生命が生命たるゆえんのひとつではないでしょうか。最近、ソフトウェアであるAIがAIをつくる、プロンプトエンジニアリングが注目されています。私たちがこれから開発に挑む、「自己や他を自律的につくり続ける材料」が実現すれば、いま活用されているロボットとはまったく違う、真の意味で生命に近いロボットを生み出すことができると期待されます。