研究戦略部 第一線で活躍している研究者

Introduction of leading researchers at HU

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大学院医系科学研究科(医) 橋本 浩一 教授

神経細胞の電気活動をダイレクトに計測し、 タイミングを制御する小脳のメカニズムを解明する

橋本 浩一
事業名 革新的先端研究開発支援事業 (PRIME)
採択年度 2022年度

刻々と変化する神経細胞の電気活動をリアルタイムで計測

私の研究分野は生理学で、専門は神経細胞の電気活動の計測です。微細な電極を用いた一つひとつ神経細胞やその集団が発生する電気活動の計測を通じて、シナプス(神経細胞間の接続部)の機能から神経回路での信号の伝わり方、さらにそれが生物の行動にどう影響を与えるのかを調べています。

もともと生物には興味があったのですが、とくに生物の機能を制御する脳の働きに惹かれるようになったのは、大学1年生のときに本屋で手に取った『脳の可塑性と記憶』という本がきっかけです。この本の著者である塚原仲晃先生はすでに亡くなられていたのですが、奇遇にも大学4年生の研究室配属で私が入った研究室が、もともと塚原先生が主宰されていた研究室でした。そこから、神経に関する私の研究がはじまりました。

神経活動を計測する電極には、ガラス製もしくは金属製のものを使用します。最近は神経の活動を制御する手段として、オプトジェネティクス(光遺伝学)という新しい技術も活用しています。これまで神経を活性化する手段は電気刺激が主流でしたが、目的の細胞だけを刺激するのは困難でした。これに対してオプトジェネティクスを使うと、あらかじめ遺伝子操作しておいた目的の細胞に光を当てるだけで、その活動を自由に制御できます。

神経の電気活動は、ミリ秒(1000分の1秒)というレベルで刻々と変化します。そういった神経の活動をリアルタイムで計測・観察できるのは、この研究分野のおもしろさの一つだといえるでしょう。

我々はどのように脳でタイミングを制御しているのか

神経細胞の電気活動に関する私の研究テーマ「小脳依存的タイミング知覚を担うマルチセンシングネットワークの解明」が、2022年度に日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業に採択されました。この研究では、通常運動の制御に働いていると思われている小脳が、タイミングの制御に関わる可能性を明らかにしようというものです。タイミングとは、何かが起こったあとに特定の行動を起こすまでの時間のことを指します。たとえば、野球のバッターがちょうど手元にボールが来たときにバットを振るのもタイミングの制御ですし、日常生活で歩いたり座ったりするのにもタイミングの制御は不可欠です。

タイミングや時間感覚の制御に関わる脳領域は大脳や大脳基底核などいくつか知られていますが、その中でも小脳は、意識に上らないほどの短い時間の知覚に関わっていることが知られています。ただその詳細なメカニズムはまだよくわかっていません。

マウスの小脳と、基本的な神経回路

 

そこで、小脳の回路でタイミングを制御しているのかを突き止めるために、マウスを使った研究を計画しました。実験はまず、マウスが学習することができるタイミング課題の開発から始まります。実際私たちは、マウスが一定のタイミングを計ることができれば、報酬としてエサがもらえる課題を試行錯誤のうえ立ち上げ、マウスがその課題をきちんと学習できることを確認しました。

ここで、前述のオプトジェネティクスの出番です。マウスがタイミング課題を実施している真っ最中に、小脳の特定の領域に光を当てて活動を低下させて、マウスの行動に変化が生じるか観察します。課題の実行に影響がでれば、その神経核がタイミング制御に関与するものだと判断することができます。小脳に関係したさまざまな領域に対してこのような実験を繰り返すことで、タイミングを制御する小脳の回路が明らかになりつつあります。

日々の実験の中で感じた違和感を研究テーマに育て上げる

タイミング知覚の研究に取り組む前は、神経回路の生後発達について研究していました。実は生まれてすぐの赤ちゃんの神経回路には、大人に比べて余計な回路がたくさん作られています。そこから発達に伴って不必要な回路が刈り込まれ、精緻で機能的な大人の神経回路へと成熟すると言われています。この「シナプスの刈り込み」のメカニズム解明に、神経細胞の電気活動計測という観点から取り組んでいました。

神経回路の生後発達や今回のタイミング知覚の研究テーマは、日々、実験に取り組み実際に手を動かす中で生まれてきたものです。自分の研究への取り組み姿勢としては、あらかじめ大きなテーマを決めてしまうよりも、実験で感じた違和感や疑問を大事にして、新しいテーマへと広げていきたいと思っています。

神経の活動は一見ランダムに見えますが実は規則性があり、その活動パターンは個体の行動と無関係ではありません。データの中から規則性やパターンを見つけ出すために、今後は研究の中で情報科学等の活用にも積極的に挑戦していきたいです。