研究戦略部 第一線で活躍している研究者

Introduction of leading researchers at HU

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大学院統合生命科学研究科 佐藤 明子 教授

広範な生物種に見られるゴルジ体とエンドソームの 「接着分離」輸送システムを解き明かす

佐藤 明子
事業名 戦略的創造研究推進事業 (CREST)
採択年度 2022年度

タンパク質を目的の場所に送り出すゴルジ体を研究

私は学部時代の約30年前から細胞の膜交通(メンブレントラフィック)と呼ばれる分野の研究を行っています。メンブレントラフィックは複数の細胞小器官(オルガネラ)の間で、膜を介してタンパク質や脂質などの生命活動を担う分子が移動する現象を指します。人を含む、真核細胞を持つ高等生物にとって非常に重要な仕組みであることから、2013年にはその分子機構の一端の解明に貢献した海外の3人の研究者にノーベル医学生理学賞が贈られました。

私はメンブレントラフィックにおいて中心的な役割を果たすオルガネラ、「ゴルジ体」を主たる研究対象にしています。ゴルジ体の機能は、小胞体膜上のリボゾームで合成されたタンパク質を小胞体から受け取り、「濃縮・分別」して、タンパク質の種類ごとに細胞内外の目的とする場所へ、正確に送り出すことにあります。タンパク質は生命機能に重要な分子であり、ゴルジ体はその「集配センター」にあたることから、ゴルジ体が上手く働かなくなるとさまざまな疾患が起こることがわかっています。今回、CRESTで採択された研究もゴルジ体を研究対象としています。ゴルジ体の末端にあるトランスゴルジネットワーク(TGN)と呼ばれている部分において、分子レベルで何が起きているかを明らかにすることを目標としています。

 

実験対象をショウジョウバエから哺乳類細胞へ

研究開始からずっと私がTGNの機構解明のために研究材料としていたのは、ショウジョウバエの視神経細胞でした。TGNからどのようにタンパク質が選別・輸送されているかを解明するには、実験において任意のタイミングで「輸送の開始」を行い、その後の変化を観察する必要があります。学部の指導教員の先生は、ショウジョウバエの視細胞において光受容タンパク質ロドプシンの輸送を光で開始できることを示していたので、まず、これを用いた輸送開始実験法を確立しました。ショウジョウバエは当時から変異体も比較的容易に作れ、遺伝的操作を駆使した研究が可能でしたので、ショウジョウバエの視細胞を用いた遺伝学的膜交通研究を開始しました。この研究をアメリカ留学時代も続け、さらに、自身の研究室を持ってからも独自システムとして発展させ、長年研究を行ってきました。しかし、哺乳類などの高等生物に比べて細胞とゴルジ体のサイズが小さく、輸送距離が短いため、ライブイメージングが非常に難しいというデメリットがありました。

その状況が大きく変わったのがこの5年ほどです。ゲノム編集という新技術によって哺乳類の細胞を容易に改変することが可能になったこと、また顕微鏡の進化によって哺乳類の細胞を用いたゴルジ体の輸送を直接ライブで観察する技術が格段に進歩してきたことで、私の研究に革新がもたらされました。今回のCRESTでも、ヒト由来の細胞を用いてTGNの機構解明に挑んでいます。

 

ゴルジ体と接着分離を繰り返すエンドソームの謎

CRESTの研究内容を説明する前に、そのスタート地点となる研究成果についてお伝えしましょう。これは私たちのこれまでの研究における最大の発見とも言えるもので、ショウジョウバエの視神経細胞において、リサイクリングエンドソーム(RE)と呼ばれるオルガネラが、ゴルジ体の末端であるTGNと「くっついたり離れたりを繰り返している現象」を見つけたことです。エンドソームとは細胞内の物質輸送を司るオルガネラの総称で、REは細胞膜から取り込まれた物質が、もう一度細胞膜へと戻されるときに通過するオルガネラとして知られています。これまでエンドソームの機能は、ゴルジ体が担うタンパク質の選別・配送とは無関係だと考えられてきました。しかし私たちの発見によって、エンドソームとゴルジ体は付着・分離を繰り返すことで膜交通を行っている可能性が見えてきたのです。

膜交通は別名「細胞内小胞輸送」とも呼ばれ、カプセル状の構造をした「小胞」の中に積荷のタンパク質や脂質を包み込んで目的の場所へと運びます。これまでオルガネラの間の物質輸送は、細胞内小胞輸送で説明されてきました。しかし私たちは、先述の発見により、それとは別の経路として、ゴルジ体とエンドソームが直接接触して物質をやりとりする可能性を見出しました。このゴルジ体とエンドソームの間の輸送の分子機構はまだわかりませんが、例えば、この接着面で両者の膜が融合し、このゴルジ体とエンドソーム膜の間に孔が開いて、そこから物質が移動しているのかもしれません。私たちは、この輸送を「接着輸送」と呼んでおり、新たな膜交通の様式である可能性があると考えています。これまでの実験によって、ゴルジ体とエンドソームの接着・分離がショウジョウバエだけでなく、棘皮動物のウニや、哺乳類の細胞でも観察されることを確認しました。このことは「接着輸送」が、極めて広範囲の生物における基本システムであることを示唆しています。

小胞体で合成された積荷タンパク質(ここではGPI-APとTNFの2つを示す)は、ゴルジ体に送られ、ゴルジ体の端のトランスゴルジ網(TGN)に到達する。TGNではリサイクリングエンドソーム(RE)が接着と乖離を繰り返しており、GPI-APは接着したRE(Golgi-attached RE: GA-RE)に取り込まれ、GA-REがTGNから遊離し free RE  となることでゴルジ体から細胞膜へと輸送されていく。一方、TNFはGA-REには入らずに、TGNから直接細胞膜へと輸送される。

 

生命現象についての新たな理解を切り拓く

CRESTでは、ヒト由来の細胞を使い、TGNとエンドソームの分子機構をライブイメージング観察や3次元的電子顕微鏡観察の手法を用いて解明しようと考えています。

ゴルジ体とエンドソームの接着領域にはどんなタンパク質が存在し、どんな構造を形成し、どのようなメカニズムで積荷タンパク質を選別して受け渡しているのでしょうか?これらの謎に挑戦するため、優れた先端的技術を持った多彩なメンバーが国内から集まり、私たちのCRESTチームが結成されました。高速超解像ライブイメージングや3次元電子顕微鏡観察のプロフェッショナル、有機合成や超解像顕微鏡開発者など、多彩なチームメンバーが持つ優れた技術を結集して研究を推進していきます。また、チームメンバーが持たない技術については、他のCRESTチームとの共同研究や国内の研究支援プログラムを積極的に活用して補うことで、「接着輸送」の全貌の解明に挑みます。