大学院統合生命科学研究科 岩越 栄子 特任准教授
人は冬眠できるのか。冬眠動物の脂肪蓄積に関与する神経ペプチドの機能を解き明かす
| 事業名 | 創発的研究支援事業(JST) |
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| 採択年度 | 2024年度 |
体の機能を調整する生理活性ペプチドを探索
リスやクマは冬眠することができるのに、人間はなぜ冬眠できないのでしょうか。私が専門とする動物生理学は、こうした動物の体の機能について研究する学問分野です。そのなかでもとくに興味があるのは、異なる生物種の機能を比較して共通性や特異性を調べる比較生理学です。動物は種によってさまざまな生理的特性を示しますが、その違いは何に起因しているのでしょうか?冬眠のようにある動物が特化させている機能を、ほかの動物に持たせる方法はないのか突き止めたいと考えています。
研究対象は、アミノ酸が2つ以上つながったペプチドと呼ばれる生理活性物質です。ペプチド研究をはじめたきっかけは、広島大学在学中に卒業研究として取り組んだ生理活性ペプチドの探索と機能解析です。動物生理学の権威である宗岡洋二郎先生の指導の下、新たな生理活性ペプチドを発見して命名し、まだ誰も知らないその機能を調べた経験は、とても楽しいものでした。
当時私が研究対象としたナマコなどの無脊椎動物は体内のペプチド濃度が高いため、新規ペプチドの同定は比較的容易でしたが、脊椎動物の生理活性ペプチドは濃度が低く、なかなか見つけることができません。そこで探索方法を工夫し、ニワトリを対象に新しい生理活性ペプチドを地道に探し続け、ついに摂食行動を調節する脳領域に長鎖神経ペプチドNeurosecretory protein GL(NPGL)を見つけました。
冬眠におけるNPGLの機能解明をめざす
神経ペプチドは、脳の神経細胞の間で情報をやり取りするシグナル伝達物質として働きます。たとえば、脳がエネルギー不足を感じると、すでに知られているNPYという神経ペプチドが分泌され、摂食行動が誘導されます。
私が発見したNPGLも摂食中枢に存在することから、摂食行動を促す作用があると予想してラットやマウスに投与したところ、予想に反して摂食行動に大きな違いは見られませんでした。そこで今度は、2週間、少しずつ慢性的に投与すると、脂肪が増えていることがわかりました。つまりNPGLには脂肪を蓄積させる作用があったのです。

NPGLの作用イメージ
脂肪の蓄積というと肥満の悪いイメージがありますが、脂肪の蓄積は第二次性徴や身体保護、防寒、冬眠などに必要不可欠な生理機能のひとつです。またNPGLによって蓄積される脂肪は不飽和脂肪酸が主であり、健康的な脂肪蓄積だといえます。
今回、創発的研究支援事業に採択された研究「神経ペプチドNPGLによる低温適応に備えた脂肪蓄積機構の解明」は、冬眠や渡りをする動物にとって、NPGLが脂肪蓄積に重要な役割を果たしていることを明らかにしようというものです。
研究に用いているのは両生類のモデル生物であるアフリカツメガエルです。冬眠しませんが低温耐性を持つカエルで、水温を5度程度まで下げると、心拍数が非常に遅くなり、代謝もほぼ落ちて冬眠と同じような状態になります。このとき、脳内ではNPGLをコードする遺伝子の発現が上昇していることがわかりました。では脳内でNPGLを作れないようにすれば、低温で生存できなくなるのか。それを確かめるための実験を計画しています。
一方、マウスやラットへNPGLを過剰に投与した場合も、脂肪の蓄積とともに代謝の低下が確認されています。そのため一つの可能性として、NPGLの機能は代謝を下げることであり、その結果脂肪が蓄積しているのだと考えることができます。
宇宙旅行に欠かせない人工冬眠への応用も
また、応用研究として「家禽における成長促進・油脂増産」にも取り組んでいます。食肉用のニワトリは早く太らせて出荷するために、ほぼ24時間明るい状態で飼育されているのが現状です。しかし、こうした飼育環境下では肝機能障害を起こすといった健康面の問題が指摘されており、動物愛護の観点からも課題とされています。一方、ウズラを使った実験では、暗い時間を長くするとNPGLをコードする遺伝子の発現が上昇し、その結果不飽和脂肪酸が増えることがわかっています。そこで日照時間の調節や不飽和脂肪酸を多く含む植物性飼料(ひまわりの種など)を餌に配合することにより、飼育環境の改善とともに、不飽和脂肪酸を多く含んだニワトリの育成をめざしています。不飽和脂肪酸を含む食材は人の健康のためにも良いとされています。
将来的には、冬眠の研究を医療にも役立てたいと考えています。たとえば、脳梗塞などの病気や臓器移植で一時的に止まっていた血流が再開するときには、活性酸素などの毒性物質がつくられて障害を引き起こすことがありますが、冬眠状態のカエルはミトコンドリアの活動を抑えて活性酸素の発生をコントロールしています。この仕組みがわかれば、医療に応用できるのではないでしょうか。そしてNPGLの研究は、人類が宇宙を旅するために必要となる人工冬眠の技術にもつながるものと期待しています。