研究戦略部 第一線で活躍している研究者

Introduction of leading researchers at HU

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大学院先進理工系科学研究科 村松 悟 准教授

気相分光が映し出す分子本来の姿から「化学結合の基礎理論」を実証する

村松 悟
事業名 創発的研究支援事業(JST)
採択年度 2024年度

「ウォーリー」を簡単に探すには?―邪魔者たちの中から目的の分子だけを取り出す

私の専門は「気相分光学」という研究分野です。気相分光とは、真空中に取り出した分子を観察する実験手法なのですが、私はこの手法について説明する際に、比喩として『ウォーリーをさがせ!』という絵本を紹介しています。何百人もの人が描かれた複雑な絵の中からたった一人のウォーリーという人物を見つけ出そう、というゲームスタイルの絵本です。ものぐさな私は、(ゲームとしての面白さは差し置いて)この邪魔者たちが全て消えてしまって、はじめからウォーリーだけが描かれていれば簡単なのになあ、と考えてしまいます。

このような状況は、実は化学の実験でも同じなのではないかと考えています。例えば、調べたい目的の分子が溶けた水溶液を考えてみましょう。その水溶液の中には確かに目的の分子があるわけですが、そこには当然ながら水分子が無数に存在するほか、不純物もあり、空気も溶け込んでおり、さらには大気からの熱さえも実は「邪魔者」となって目的の分子を覆い隠してしまい、分子がどういう形をしているのか(構造)、構成原子どうしがどれくらいの強さでつながっているのか(結合)を判別することは簡単ではありません。

そこで役に立つのが「気相分光」という実験手法です。「気相」とは、分子が真空の中に孤立していることを指し、まさしく先ほどの「邪魔者たち」がいなくなった状態です。「分光」は、分子に光(特に私たちの場合はレーザー光)を当てたときの応答からその性質を調べる実験手法で、目的とする分子が特定の色の光を吸収する様子から、その分子の構造や結合がわかります。この「気相」と「分光」の手法を組み合わせることで、考えうる限り最も鮮明に、分子の本来の姿を見ることが可能になるのです。

 

気相分光の実験のイメージ図

70年来の結合モデルを実験で実証する

今回、創発的研究支援事業に採択された研究「有機典型元素化合物の化学結合を気相分光学の目で観る」では、この気相分光学と「有機典型元素化学」という異なる分野を融合させるのが最大のポイントとなります。有機典型元素化合物とは、通常は炭素が骨格を作る有機化合物の中に、ホウ素やリン、ケイ素、ヨウ素などの異なる元素が組み込まれた化合物で、炭素だけの化合物にはないユニークな化学結合が最大の特徴です。

たとえば、高校化学で習うオクテット則(原子の周りに8個の電子があると安定になるという法則)を破る化合物である「超原子価化合物」はその一つです。とはいえ、こうした特異な結合を説明するための理論モデルはすでに1951年に提唱されており、70年間以上の厳しい科学の検証を耐え抜いて今日でも用いられています。それにも関わらず、この結合の理論モデルを実験的に、特に分光学的な見地から実証しようという研究は、未だに報告されていません。気相分光の手法を使えば、これを実現できるのではないかと着想したのです。

このような例を挙げるのは少しおこがましいかもしれませんが、物理学ではかつてアインシュタインが理論的に予言したブラックホールの存在を、後世の天文学者たちが実際に天体を観測することで確かめました。こう聞くと、理論と実験が織りなすストーリーにロマンを感じる方も多いのではないかと思います。一方で、実は私たちの手に取れる分子の中にも、未だにきちんと確かめられていない神秘が隠されているのかと思うと、なんだかわくわくしてきませんか。

世界で唯一のデータを生み出す装置を開発

気相分光は、分子の本来の姿を見る上で優れた実験手法ですが、その実験装置は、残念ながら世界のどこにも売られていません。そのため私たちの研究グループでは、実験装置の図面を引くところから、部品を組み、立ち上げるところまで、すべて自分たちで行ってきました。今の装置が動くようになるまでに年単位にわたる苦労を重ねてきましたが、そうして作り上げた装置で取得するデータは、世界で自分たちだけが得られるものに他ならず、その喜びはひとしおです。

こうした装置開発が楽しくてこの道に進んだわけですが、振り返ってみれば、高校生の頃にニホニウムを発見した理化学研究所の粒子加速器を見学して、巨大な実験装置の数々に心を奪われたーーその経験に私の装置好きの原点があるのかもしれません。いま私が製作している実験装置は、それよりはずっと規模の小さなものですが、「この装置にしかできない究極を追い求め続ける姿勢」だけは、あの日憧れた姿に少しでも近づけているといいなと考えています。

研究開始から数ヶ月、まずは多様な有機典型元素化合物を効率的に真空中に導入できるインターフェースの開発に取り組んでいるところです。これから7年かけて、気相分光学と有機典型元素化学の融合による新しい学術分野を創出していきたいと考えています。

自作の装置を調整中

学生さんたちと一緒に