研究戦略部 第一線で活躍している研究者

Introduction of leading researchers at HU

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大学院先進理工系科学研究科 岡崎 啓史 准教授

地下数千kmの環境を再現し、地球の新陳代謝を解き明かす

岡崎 啓史
事業名 創発的研究支援事業(JST)
採択年度 2023年度

地球の中の超高圧・高温環境でおこる岩石の変形を実験で再現

私は「岩石変形学」「岩石レオロジー(流動学)」「実験岩石力学」と呼ばれる研究を専門としています。地球をはじめとする天体の内部の高温高圧環境を、実験室で再現して、地震やマントル対流といった天体の地下深くで起こっている現象について調べる研究分野になります。

火星や金星、月などは地球と同じような鉱物によってできていることから、地球内部のことを調べることで、それらの天体についての理解を深めることも、研究目標の一つです。

私が「実験室で地下深くの環境を再現する」という研究手法に行き着いたのは、地球の内部のことを調べることが非常に困難であることが理由です。地球の半径は約6400kmですが、現在の人間の科学力で掘れる深さはわずか10kmです。日本が保有する地球深部探査船「ちきゅう」には、海底下の地面をボーリングできる特殊な設備があり、採取した試料やボーリング孔へ観測装置を設置することによって地球内部のことを調べる研究が行われています。

地下深くの試料が直接採取できるという点で非常に重要な研究で、私も実験試料としてこれらのボーリング試料も使わせていただいています。しかし、このような研究手法は時間的・地理的制約が大きく、運行や探査等には多くの人的・金銭的コストもかかります。そのため、地球の深部を調べるためには、地震計・GPSなどを用いた観測や、地殻変動や火山の噴火などで地球の深部から地表近くに運ばれた岩石・鉱物の分析なども組み合わせる必要があります。

私の研究では、実験的に地下数十〜数千kmの高温・高圧環境を再現し、試料の岩石・鉱物がどのように変形するのか、どのような反応が起こるか、などを観察することで、地球内部の状況を理解するという手法をとっています。他の研究手法に比べて少人数で研究できることや、何度も実験室内でトライアンドエラーを繰り返せることがメリットで、私の性格にも合っていると思います。

地球の中を循環する岩石と水

この度、採択いただいた創発的研究支援事業(JST)のテーマは「新惑星レオロジー学:地球から火星、氷天体への展開」です。この研究では、「地球の内部の岩石や水が、どれくらいの時間スケールで循環をしているのか」を調べたいと考えています。地球の中の岩石は、固体のままで年間に数cmというゆっくりとしたスピードで対流しているのですが、そのレオロジーについては、地球の表面から10%程度の比較的浅い部分しかよくわかっていません。

また、地球の水といえば海が思い浮かびますが、地球の体積に比べて、海の水は0.2%ほどしかありません。この30年ほどの研究によって、その海の水の何倍もの水が、流体や水酸基(-OH)、水素(H)などさまざまな形で地球の深くを循環していることがわかってきました。マントルに溶けている水が、岩石の流動を活性化させていたり、地球の深部での地震を引き起こしたりしているという説もあり、その仮説が正しいかどうかを、実験的手法で明らかにしたいと考えています。

しかし、現在の実験装置だと、地球の地下数1000kmの高温高圧環境を再現した条件で岩石を変形させたり、地下深くに存在すると考えられる高圧の水をその圧力をコントロールしながら岩石に注入したりすることはできません。私たちの研究室では、新しい研究を行うために、新しい実験装置の開発も行っています。最近では、地表から深さ30km〜700kmの高温高圧環境を実験室で再現し、その温度・圧力を受けたカンラン石が、相転移(※)を起こして別の鉱物に変化したり、高温高圧下で水と反応することでどのように性質が変わるのか調べることができるようになってきました。

カンラン石は、マントルの上部を構成する鉱物であり、そのほとんどが地下深くに存在します。それゆえ、カンラン石の高温高圧環境下での変化を見ることで、地球の地下深部のマントルの変形の様子が予想できるのです。地球の中心の内核は主に固体の鉄でできているのですが、ゆくゆくは内核の温度と圧力を再現した環境で鉄がどのように変形するのかも実験室で再現したいと考えています。

※相転移:水が氷になったり、グラファイトがダイヤモンドになったりするような、物質の性質が圧力や温度によって変化する現象のこと。

実験室の様子。広島大学の片山郁夫教授と共同で5種類の岩石変形実験装置を活用

 

兵庫県にある大型放射光施設SPring-8での集合写真。東京科学大学の東真太郎研究室・SPring-8の上杉健太朗博士・安武正展博士との共同研究チームで岩石変形実験に挑戦中

 

またこの実験によって、地震が起こるプロセスの解明にも貢献ができる可能性があります。地球上で起こっている地震の多くは、海のプレートが陸のプレートに沈み込む場所(沈み込み帯)で発生しています。それに対して、沈み込み帯の一部の領域では、通常の地震よりもゆっくりと断層が滑る、スロー地震が起きていることがわかっています。スロー地震には、岩石中の水が関係しているという考えもあり、実験を通じて水が多量に存在する岩石がどのような変形挙動を示すのか、地震やスロー地震発生のメカニズムとの関連について明らかにしたいと考えています。

今回の研究を通じて解明したいことを、ひとことで表現すると「惑星の新陳代謝」です。地表を流れる河川、海、大気中の水蒸気、そしてそれより遥かに多いと考えられる地球の中の水が、地球の中の岩石と一緒にどのようなプロセスで地球を循環しているのかがわかれば、この地球が生まれてからのプレートテクトニクス(プレートの相互作用から地球の活動を説明する考え方)、地震・火山活動、環境変化などの新陳代謝とも言える現象を理解する手がかりとなるはずです。

遠い過去と未来を見通す研究の魅力

私が現在の研究に進んだ一番大きな理由は「すぐに役に立ちそうにないこと」が理由でした。すぐに役立つ知識は、すでに知っている人も多いですし、すぐに陳腐化してしまう可能性もあるからです。私はもともと高校の理科の教師になりたいと考えていました。学問を教えるのであれば、生涯にわたってずっと好奇心を刺激し続けるような学びを伝えたい。それで大学で専門知識を得るならば、なるべく近視眼的ではない学問を学びたかったのです。その点、私たちの研究対象である地球や宇宙は時間軸が非常に長く、何十億年の過去からずっと先の未来まで研究できることが魅力です。